月, 01 6月 2015 00:00

第1回 押山の大日如来

押山の文化財を紹介します (o^∇^o)ノ
 
 
(第1回 大日堂と大日如来)
 
≪ 大日堂 ≫
 
これが大日堂です。昔のものが老朽化したので、集会所とともに新しく建設されました。
 
 
①
 
 
 
内部はこのようになっています。
 
②
 
 
中央が大日如来(だいにちにょらい)で左右は三十三観音。右下は明治はじめに廃寺になったお寺の住職の位牌で、左下はそのお寺に祀られていた仏さまです。 
 
さよう、実は、ここは大日如来のお堂と観音堂とお寺が合体したものなのです。
 
ハイブリッド大日堂?なんちゃって  (^o^)/
 
≪ 大日如来 ≫
 
さて、今回はまず中央の大日如来を御紹介します。
 
この像は1600年(関ヶ原の合戦の年)につくられ、以来、破損と修復を繰り返しながら今日にえられてきました。
 
したがって、つくられた当初の痕跡はごくわずかしか残っていません。
 
しかし、文化財としての表面的な価値とは別に、私たちの先祖が、400年以上も心の拠りどころとして守ってきた事実にこそ、真の価値があるのではないかと思います。  ヾ(´ー`)ノ
 
さて、大日如来の前に座って見上げると、このように視線が合います。
 
2-1
 
 
  『どうだ、ちゃんとやってるか!?』
 
なんて言われてるようです。 (;^_^A
 
よく見ると、頭は長髪で立派な冠を被られ、胸にも飾りがあります。大日如来の特徴です。
 
しかし、なんといっても、一番大きな特徴は、この手の組み方です。
 
『智拳印(ちけんいん)』と言って、大日如来(正確には金剛界大日如来)だけが、この形をしておられます。他の仏さまではこの形はありえません。
 
2-2
 
 
 
 
 
 
ちなみに、この智拳印は、忍者の手の組み方の元になったとも言われています。
 
 
 
 
 
さて、では我々の先祖はこの大日如来に何をお願いしていたのでしょうか?
 
伝説によれば、長雨で困ったときに『雨をやましてください』と祈っていたとのことで、なかなか霊験あらたかだったそうです。
 
ところがあるとき、今度は日照で困ったので、試しに『雨を降らしてください』とお願いしてみたところ、卯年の大荒れという大豪雨が発生して、家も田畑も埋まってしまいました。
 
以来、雨乞いは決してしないようになったとのことです。
 
 
 
 
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